馬子三郎

岩魚と私の出会いは、小学校の4年生頃の夏と記憶してる
父に連れられて、「馬子三郎」と名の付く、小さな渓流に、「夜突き」に行った記憶である
道具はカンテラ(ガス灯)とヤス、 

 ガス灯の構造
カンテラは鉱夫が鉱内で使う携帯用のガス灯、
材質は真鍮製で高さ15cm、直径6cmの円筒状、中央で2つに分離される構造である
その下段部分にカーバイトの塊を入れ
上段部分に水を注入する、水滴が一滴ずつ下段のカーバイト上に落ちていく構造である
カーバイトの表面に水が落ちると、熱と共に可燃性のガスが発生する
下段にガスが充満すると、内圧が高まり容器の中央に開けられた細い火口の穴から噴出して来る
マッチで火をつけると青白い光が細長く灯される、
火口の背面に取り付けられた反射板がさらに指向性と明さを高める効果備えている

 ヤスの構造
直径3〜4mm程の鋼鉄製の鉄線を3本、木製の握り棒の先端に平行に揃えて取り付ける
鋼鉄製の鉄線の先端は火鉢で真っ赤に熱っし、ハンマーで打ちたたかれ、水で急冷する
この事で鋼鉄強度はより強度に高められる
鉄線の先端はヤスリと砥石で鋭く研ぎ出し獲物を捕らえる強力な道具と進化する

 当時住んでいた、立石地区の12戸長屋から、徒歩1時間半、「馬子三郎」の現地に着いたのは午後7時頃、辺りはまだ明るく、
暫く、川に架かる橋の上で休憩とする

魚は夜になると警戒心が薄れ岩陰に潜んでいた、岩魚がいたる所から湧き出てくる
特に新月の闇夜は夜釣りでも良く釣れるものだと、父から聞かされた事がある

「馬子三郎」は想像していたより、小さな渓流である、ガソリンカーの軌道上に架かる橋の上、真夏を忘れさせる、冷気とせせらぎの音が心地よい

夏とは言え山間部の日没は平地に比べてかなり早い、闇は突然やって来た、天空のかすかな明かりを頼りにカンテラの準備をする


父の背後を小さな懐中電灯頼りに、必死に遅れまいと着いて行く、

渓の浅瀬にカンテラの明かりを照らすと、透明に揺れる水面の下、川底を這うように揺らめく魚影が明かりに映し出される、
間髪入れず、父のヤスは岩魚の肩口を突き抜く、確かな手ごたえが、手元に伝わり、闇の中で握り棒を震撼させる
釣りとは違って、逃げられるか、射止めるかの、緊迫した興奮と集中力の連続である

獲物は次々と父の腰に下げられた、竹製のビクに収まる
父からお前もやってみろ、とカンテラとヤスを手渡された、水面を照らす明かりは、ガス灯でなければ、ダメである、
普通の懐中電灯では直ぐに魚が散らばり逃げられてしまうのだそうだ、どんな理由があるのか、いまだに謎である 

さらに「「夜突き」漁のコツを伝授される、
上流に向かってゆっくり足を運び、バシャバシャとした水音を立てない
カンテラの明かりも、前方にあまり大きく照らし出さず、低い位置に下向きに構える
水面を照らすと魚が寄って来る事があるので、水面に明かりを入れると同時にヤスは即座に繰り出される様に構えていなければならない 


さて、言われた通りにまずは実践である、初めての経験でどんな場所に、どんな形に魚が見えるのか、全く想像できない
ここにはいないと思って一歩進むと、足元から岩魚が逃げ出す、
ふらふらと寄ってくる、動きのある獲物を発見するが、すばやく反応してヤスを繰り出すのが遅い、まだまだ技量に欠けて無理である
じっと川底に留まっている岩魚も、ただの石の影と勘違いして、またもや逃げられる
かなり惜しい場面もあったが、すべて岩魚に軍配が上がってしまった 

あきらめて、また父と交代となる
割と平坦な渓相も上流に進むにつれ、段差のある小滝の連続した急流に変わってきた
滝壺あり深みあり川底もゴロゴロと変化にとみ、この先は上級者コースである
魚止めの滝までわずか300m足らすの細流ではあるが魚影は濃く、2時間程の間に40匹ほどの大漁であった 

 上北鉱山までの帰りの距離はおよそ6km
まだガソリンカーの走っていた時代で平行な鉄のレールがどこまでも続いている
外灯の全く無いガソリンカーの軌道上を、真っ暗なブナ林の中、カンテラを頼りにひたすら父の後を歩く、
天空を見上げると、満天の星星が煌めきを増し、 一筋の光が「ふー」っと流れる