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| 田代平から上北へ上る道の中腹に、 ポッカリ開いた不気味なトンネル いったい、これなーに? |
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| 緑と林の中、ポッカリ開いているのは、 上北へ続くトンネルと二本の錆付いた、 レール |
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2003年7月(小田島さん撮影)
| 上の沢〜田代間の隧道は、上北鉱山と青森市を結ぶ、バス路線の夢でした、それには、付随する、産業道路整備が不可欠で、交通路線の完成は、人の往来、物資の搬送効率化等、色々な側面で、メリットが期待されて、特に上の沢地区に眠る、褐鉄鉱の採算見直し、田代牧場組合の、労働力の活性化、さらには、裏八甲田、田代平の観光資源、またその頃、同時期進められた、田代ダム計画にも拍車がかかり、田代高原の景観が少しずつ変わって行きました、田代の自然、手付かずの湿原地帯が、皮肉にも、壊され始めたのは、この頃からでした。 |
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トンネルの中は通行禁止です |

2003年7月(小田島さん撮影)

工事費5000万円
昭和30年11月2日より堀進開始
幅員2.4m
高さ2.4m
延長1800m
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| 日時 | 経過内容 |
| 昭和30年 | 上北側も上の沢中間ポンプまでは粗末な馬車道程度、 田代側川は田代出口から田代大橋までは、人がようやく通れる程度の状態 その頃冬季唯一の交通機関は千曳まで馬橇運行 |
| 昭和30年11月 | 鉱山口堀進開始 |
| 昭和30年12月 | 雪乗車運行計画 運行行程 下の沢〜奥の沢〜田代平〜後藤伍長〜青森市学生寮 間35キロ 所要時間 1時間半 時速30キロ 定員9名 |
| 昭和31年6月 | 田代口堀進開始 |
| 昭和32年2月 | 貫通まであと300m(上北ニュース第26号参照) |
| 昭和32年3月 | 貫通(上北ニュース第28号参照) |
| 昭和32年4月 | 掘削完成 |
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上北口と田代口から掘削した中継点の誤差はわずか0.5センチ、


| 日時 | 経過内容 |
| 昭和32年6月 | トラック隊、田代を走る、 |
| 昭和33年8月 | 田代隧道に客車運行 定員24名(婦女子優先) ((上北ニュース第45号参照) 上の沢口発 8:00 11:00 16:30 田代口発 8:30 11:30 17:00 |
| 昭和33年10月 | 青森〜田代隧道間、バス運行開始 開通記念、日帰りバス(上北ニュース第47号参照) |
| 昭和34年7月 | バス上北鉱山、元山へ、開通 所要時間2時間 青森発、 8:30 13:00 17:00 坪川発 8:30 13:00 17:00 山内停留所 坪川→立石→事務所→供給所→中の沢→上の沢→奥の沢 |

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